2人のお子さんと1匹の猫と暮らす、清水マルクスさんと金澤麗子さんは、ベルリン在住のアーティスト夫婦。マルクスさんは、10代の頃アレルギーに悩まされたことがきっかけで、早くから発酵の研究を始め、アート作品にも発酵を大きく取り上げてきました。アートと生業のバランスを考えるなかで、麗子さんと供にベルリン初のオーガニック麹食品ブランド「mimi ferments」を立ち上げ、2018年には工房を兼ねた実店舗も開店。Demeterワインの樽を再利用してで醸造される麹製品と、その独特の香りは、通りかかる人々を思わず立ち止まらせます。ベルリンのトップシェフ、フードビジネス、都市デザインや自然哲学など、自然と人間との関係性を再考察する様々な領域から近年注目されているお二人。今回は、物心ついた頃より猫と暮らし、今もラグドールの雄猫のためのBARF(生物学的に適切な生の食餌)の勉強に余念のない金澤麗子さんに「人間と猫が一緒に食べる健康食レシピ」をお願いしました。
麗子さんに初めてお会いしたきっかけは、ベルリンのアーティスト・イン・レジデンス、ベタニエンの滞在中に展示された作品「I am a cat. As yet I have no name.」でした。やはり、猫好きなだけに猫の作品を作ることは多いんでしょうか?
そんなに作ってません。というか、その一回しか作ってませんよ(笑)。普段は全然作品の中で猫は扱ってなくって。あれを一回やっただけです。アーティストやアート関係者に猫とフクロウが好きな人って多いんですよ。割と猫が犬と比べるとインディペンデントなんですが、アート系の人には、そのインディペンデンシーが好きな人が多く、それが猫を選ばせるようです。いい感じに距離があって、猫は一人でいても平気だけど、犬はいつも一緒にいてあげないとダメだから。私の展示作品の要素として取り上げた19世紀の二人の作家も猫好きでした。この頃台頭した浪漫主義と新古典主義は、同時代の相反する異なった思想なんですが、パラレルに存在していました。日本とドイツも全く違った文化でありながら影響し合っていました。猫好きのドイツロマン主義作家エルンスト・テオドール・アマデウス・ホフマンが、猫を題材とした小説「牡猫ムルの人生観」をベルリンで執筆しているのですが、この作品に夏目漱石が影響を受けて書いたのが「我輩は猫である」だったようなのです。二人とも猫好きで、猫を通して社会を描写した作風で知られていました。この19世紀のドイツ作家と日本作家が、全く違う文化圏にいながらも互いに影響し合っていて、猫の目線を通して客観的に社会を描写しました。そこから私はインスピレーションを得て、この二つの思想の関係性や、猫の目を通した客観的記述手法を、私なりの現代バージョンで組み立てて見ようと考えたんです。例えば、一連のインスタレーションの中のビデオ作品は、18世紀ドイツの新古典主義建築を代表する建築家、カール・フリードリッヒ・シンケルの2枚の絵画「Felsentor」と「Blickauf eineitalienischLandschaft」(ベルリン、アルテ国立美術館収蔵)に焦点を当てており、現代の美術評論家/キュレーターとアーティストがこれらの2つの絵画を批評しています。この作品では、美術作品がいかに多様に認識されているかを追求しています。同じ空間にあるインスタレーション作品「Kazenmilch」は、キャットミルクのパッケージを巨大化したものと、2つの丸い鏡のようなオブジェで構成されています。観客はミルクの箱に四つん這いになって潜り込み、箱の両側に開いた猫の目から外の展示風景や、猫の目のような鏡に映る自分の姿を観察します。その意味ではちょっと猫と関係のある作品でしたね。私も猫好きですからね(笑)。
An example of two vertical paintings video, 2011, vidoe still
"I am a cat. As yet I have no name.", 2011, Installation view at Künstlerhaus Bethanien
photos David Brandt
猫と人の胃は違う
依頼を受けた時、困りはしなかったものの、人間と猫の食べ物を一緒に考えるのは、やっぱり無理だと思いましたよ。だって胃が違いますからね。麹など発酵食品は、人間にとっては対外消化器官と言えるもので、豆や穀物のような消化されにくいように殻に包まれている種子を、発酵を通して摂取しやすいタンパク質や糖類に分解することで、摂取できる栄養素を高めているんです。ビフィズス菌のような腸内細菌も消化を助けています。ですが、猫は人間ほど腸内細菌に消化を依存していないんです。麹、好きな猫もいるかもしれませんが、あまり意味はないかもしれないですね。あ、それで「Einfach Barf: Leitfaden für natürliche Katzenernährung(シンプル・バーフ:猫の自然栄養食ガイド」(Doreen Fiedler=著)という本を紹介しようと思ったんですよ。著者は猫専門の栄養士でアドバイザーもしてます。バーフって聞いたことありますか? 生物学的に適切な生の食餌=Biologically Appropriate Raw Foodの頭文字をとった造語です。動物の食餌に関しては、本当に色々な間違った情報が飛び交っているので、この書籍の内容が果たして正しいのかどうか、定かではないんですけど。例えば、ネットで日本のキャットフードのレシピを色々見ていると、おそらくかなり間違ってるんですよね。食物繊維とカリウムがいいってことで、バナナを食べさせてもいいとか。それは人間の視点からしたら、いいかもしれないけど……。「お肉を電子レンジでチンしてください」ってのもよく見ます。人間が生肉を食べるとお腹をこわしちゃうから、っていう考えなんでしょうね。多くのサイトが、こうして何の科学的な根拠にも基づいていない情報を掲載しているのが現状です。それらと比較すると、先ほど紹介したDoreen Fiedlerの書籍は割と信憑性があると思うんです。これを読むと明らかに、人間と猫は根本的に違うなと。砂肝とかね。はい。犬は雑食だから、もう少し人間と近いかもしれないですけど、ネコ科のトラとかライオンになると人間とはかなり違うんです。
キャットフード産業の現実
動物の食餌の規制って、人間と比べてすごくゆるいんですよね。そこで材料や人件費などのコストを削ってるんです。だから動物用であれば、BIO認証のお肉でも比較的安価に提供ができるんですが、おそらく鮮度に関しては、そこまで改良されていなくって。ウェットタイプのキャットフードの香りが美味しそうだからといって、醤油をかけて食べてみたら全然美味しくなかった。という話はたまに聞きますね。おそらく肉が古いのかもしれません。ほとんどのウェットフードは、かなりの長期間冷凍していたものを、少しずつ解凍して加工しています。でも、そもそもの工業的なキャットフードの水準がひどすぎるんですよ。聞いたことありますよね?すごく変なものをたくさん入れてコスト削減しているんです。猫の癌の大きな要因と言われています。それはちょっと酷すぎる、ということで改善されつつあるとはいえ、人間の食品ほど賞味期限の規制が厳しくないので、ほぼ永久的に冷凍されて、ほとんど紙みたいになってしまったような肉を解凍して加工してます。それでも従来の缶詰と比べたらまだまし、というウェットフードですね。だから人間が食べても美味しくないんじゃないですかね。たまに私たち用のオーガニックの生肉をあげたりすると、やっぱり鮮度の違いが分かるようで、すごくいいBARFのキャットフードをあげても食べないんですよね。バッタとか昆虫? 食べるけど、遊びで食べるだけで、栄養素として食べてるわけではなさそうです。だから、ベストは自分でうちのここら辺で狩りをして、さっとこう食べるのが……。
マルクス「え〜(笑) やってよ!やってよ!それ!」
(笑)あ、でも一回考えたのは、というか結構何度も考えたのは、誕生日にネズミをここら辺にこうやって放して、ルンが自分でこうやって好きなように狩りして……で食べる……ってやったらすごくいい誕生日になるんじゃないかと思って……。でも家中ちょっと片付けて窓閉めてから。
マルクス「それ、ネズミがどこかに隠れたら、絶対みつけないで終わりになるんじゃない?」
そうそう。だから、それがボーダー? もうギブアップ。そこまでできないっていうか。ハムスター? あー。ちょっとのろいよね。ああ、でもコウモリが1回家に入ってきて。でももうやっぱり、捕まえられなかったよね。
いよいよBARF猫食
今日使う予定のお肉ね、結構食べちゃったんだんですよ。昨日ルンの体調が悪かったから、少しいいものを食べさせてあげようと思ったんだけど、普段より新鮮でいいお肉だったものだから、ものすごい勢いで食べちゃって。それで食べ過ぎて全部吐いちゃって。それで今日はちょっと調子が悪くて隠れてます。
- シチュー用の牛スジ肉サイコロ......3かけ
- ビーツ......少々
- サラダ菜......全体の10%まで
- 水分として発酵番茶もしくは、びわ茶............少々
- 亜麻仁油......少々
- Felini Complete......少々
この御膳、「Salon mimi」の食事会用の試作で、またあとで大工さんに返さないといけないんだけど。Mimiでは麹の活動のほかに「Salon mimi」として、年に4回、春分、秋分、お盆、新年にアート・ディナーも開催してるんです。そこで使う予定の御膳です。食を通じた儀式というのは、私たちの肉体的で儚い存在についての意識を深めるきっかけとなります。古代より季節の節目の儀式は、生者と死者の世界を近づけるためのものと信じられてきましたが、これらの節目を特別な食事で祝うことは、儀式によってハレとケを分かつとして、日本でも大切にされている伝統ですね。
で話を戻して、サラダは、使う分量このくらい。すごくちょっと。全体の5%しか入れちゃダメだから。鳥やネズミが食べた胃の中のものを一緒に食べるわけだから、その胃袋分だけ。半分消化された状態を再現するために、サラダはみじん切りにします。オメガ3も大切な要素の一つでこれは鮭油か亜麻仁油が必要になります。私が使ったのは亜麻仁油。発酵番茶やびわ茶はよくあげてます。多分お茶だと思って飲んでないんですけどね。Feliniは栄養調整剤です。「Felini Taurin(タウリン 98%)」「Felini Renal(リン不使用、腎臓ケア)」と、いくつかの種類があって、「Felini Complete」はビタミン、ミネラル、微量元素、タウリンを含むタイプになります。肉のみ、骨つき肉、肉とレバーなど、猫の食餌として用意する主材料や猫の健康状態によって、合わせるFeliniの種類が変わってきます。なるべく鳥に近づけたければ、生肉に肝臓や腎臓を合わせて、あとは最低限のタウリンをFelini Taurinで。今回は、肉のみの食餌に合わせるタイプのFelini Completeを使います。先ほどのFiedlerの本には「TPC Premixという栄養剤に、レバーとその他の内臓を加える」や、「easy B.a.r.Fという栄養剤に、内臓、レバーと骨、さらにタウリンを加える」というレシピも紹介されています。ちなみに私はeasy B.a.r.fも試したことがあります。栄養剤ではなく、なるべく本物の食材を使おうと思って。こうしたBARFを毎日作るのはなかなか難しいんですが、たまにあげるだけでもだいぶ猫の胃腸を整えることができるので、できるだけでも作ってあげたほうがいいんですよ。工業加工品のキャットフードは加熱調理されたものがほとんどで、猫にとって自然な食餌ではないんです。特定の材料だけを普段の食餌に混ぜれば良い、というタイプのイージー・バーフを私は前に試したんですが、材料も少く比較的楽です。特に病気のときはBARFを作ってあげた方がいいんですよ。犬も猫も。犬猫の自然食品はドイツがかなり進んでいて、Demeterという自然食品のブランドもキャットフードを出してます。大手のオーガニックスーパーではなかなか見ないんですが、ちょっとこだわったところへ行くと置いてます。日本でもすごくマニアックな人が輸入販売しているみたいですよ。工業製品の中ではDemeterが今のところは一番いいんじゃないですかね。うちでも試したことはあるんですが、残念ながらルンは好きじゃなかったようです。味だけじゃなく、形とか大きさも好みに合わないと猫は食べないので。毛並みに食餌が影響するかどうかですか? うちのルンブルはラグドールという長毛種ですが、もう長いこと洗ってないから分からない(笑)。寄生虫除去のための投薬で毛並みがガサガサになってしまったという話も聞きますが、薬に悪いもの色々入ってそうなのであれば、やめちゃった方がいいんじゃないですかね。
人間の弟、猫の弟
ルンブル(Lune Bleue)がうちに来たのは2015年でした。娘が3歳になってまだ卒乳できてなかったんです。私たちとしては、娘は一人っ子になるつもりだったので「もう本当にやめましょう。あなたお姉さんになるんだから、卒乳しようね。」という、とっても固い約束をして、弟としてルンブルがうちに来たんです。それで卒乳できました。そしたら、人間の弟もできちゃった(笑)。だから、ルンブルが長男で、息子は次男です。それではじめの頃、長女はルンブルを弟として接していたんです。私自身一人っ子で、12歳の頃からオス猫のヴィエンナ(Wiena)を飼うようになったんです。ヴィエンナという名前は母の命名です。一人っ子が猫を飼うと、錯綜して人間と同一視するのかもしれません。つい最近、10年前に彼が亡くなるまで、私はヴィエンナを本当の弟だと思い込んでいました。そのあと長女を出産して、長女の弟としてルンブルが来て。でも、長女を見ていると、人間の弟がいるので「やっぱり違う」って気づくみたいです。私の場合、気づかなかった。ずっと。永遠に。自分の弟だと思って。だから私の両親も「一人っ子が動物を飼うと、兄弟が増えるみたいでいいんじゃないか」っていうことで、私のためにヴィエンナを飼った訳なんだけれども、うちの長女のように人間の兄弟がいる場合は、そういう風には機能しないですね。やっぱり違いますね。だって人間のようには遊べないし。本も読んでくれないし。私は小さい頃から絶対に猫、と思っていました。でも12歳まではおたまじゃくし、ハムスターやモルモット、ザリガニ、鳥のような小動物しか飼ったことがなかったんです。それらはみんな「動物」でした。兄弟じゃない。でもヴィエンナがきたらもう……。12歳は猫と人間を錯綜するには結構遅い? それはあんまり関係ないかな。もうずっと死ぬまで兄弟。
Photo by Markus Shimizu